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原彰吾さん・齊藤秀太さん・鄭得佑さん

「この人と話したい」は、活躍している学生・卒業生・教職員から、学長が話を聞いてみたい人を学長室にお招きし、対談する企画です。

本学では、「知る・考える・伝える」能力の向上と豊かで幅広い教養を養うことを目的として、学生が読書、映画鑑賞、美術展鑑賞をし、その感想コメントを提出する、「いちだい知のトライアスロン」(通称「知トラ」)という教育プログラムを実施しています。「知トラ」には、読書、映画鑑賞、美術展鑑賞の分野ごとに、スタートアップコース、ハーフマラソンコース、マラソンコースの3コースがあり、それぞれ達成すべき作品数が決められています。今回の「この人と話したい」では、3分野すべてのマラソンコースを完走して10月に「知の鉄人」として認定・表彰された、原彰吾さん(芸術学部2年)、齊藤秀太さん(国際学部2年)、鄭得佑さん(国際学部2年)の3名をお招きして、お話を伺いました。(対談日:2019年11月7日)


若林学長 今日は、「知のトライアスロン」(以下「知トラ」)の8代目から10代目の「知の鉄人」になった皆さんをお招きしました。「知トラ」が本格的に始まったのが2010年度で、今年は「知トラ」が始まって10年目なんですよね。初代の「知の鉄人」が出たのは2014年度ですが、今年は「知の鉄人」が一度に3人誕生した初めての年です。8代目の原さんは、英語多読マラソンの分野で頑張ったと聞きました。国際学部の学生だとそういうこともあるかと思ったのですが、原さんは芸術学部の学生なんですよね。9代目の齊藤さんは、実は7代目の「鉄人」でもある。去年の4月に入学して、11月に「鉄人」として表彰されて、「知トラ」史上最速記録を作った上に、その1年後に2度目の「鉄人」認定という、これも初めての記録です。そして10代目の鄭さんですが、鄭さんは台湾からの留学生ですね。留学生の「鉄人」も初めてなんですよ。今日は皆さんに、「知の鉄人」をめざしたきっかけや、それぞれが選ぶベスト本についてお話を伺いたいと思います。

原さん

原さん

 私は芸術学部デザイン工芸学科で映像メディア造形を学んでいます。出身は岡山工業高校という工業高校なんですが、デザイン科があって、そこでポスターの制作をしたり卒業制作としてアニメーションを作ったりしていました。広島市立大学の映像メディア造形の分野では、アニメーションだったり実写だったり、映像というものを幅広く勉強できます。そういう大学は結構少ないんです。それから、私が大学でやりたかったのは、読書と映像制作。この二つは絶対頑張ろうと決めていました。それで「知トラ」のことを知って挑戦しようと思ったのですが、読書以外にも、映像メディア造形と関連の深い映画も観賞しようと思いました。さらに、広島市立大学の学生は、広島県立美術館とひろしま美術館を無料で鑑賞できます(美術館キャンパスメンバーズ制度)。ほかにも、「知トラ」では読んだ本や鑑賞した映画や美術展についてコメントを提出しますが、もともと文章を書くのが好きですし、英語の多読は、海外に興味があるので夏休みを英語勉強期間に設定して挑戦しました。自分の関心にいろいろマッチしたのが、「知トラ」に挑戦しようと思った理由です。


若林 いろいろな関心が合わさって、それがたまたま「知トラ」の内容にマッチした。それで「知トラ」挑戦につながっている、ということですね。齊藤さんはいかがですか。


齊藤 私は広島観音高校からここの国際学部に入りました。いろんなことに興味が向くので、幅広い勉強ができる国際学部に決めました。初めに「知トラ」に挑戦しようと思ったのは、入学したときにこのプログラムのことを聞いて、それまで本をあまり読んでいなかったので挑戦しようと思ったからです。1回目にトライアスロンコースを完走した(3分野のマラソンコースを終えた)のは、1年生の夏休みごろです。2周目も挑戦しようと思ったきっかけは、お世話になっているある経営者の方の言葉です。大学生のころは、本をきちんと読んで、本の大事なところをつかむ練習をするよう勧められました。その練習を2周目ではしようかなと思いました。その方には、映画の観方についても教えられました。例えば『マトリックス』だったら、人工知能が人間世界を支配したというストーリーに圧倒されていたんですけど、映画が本当に伝えたいのは「幸せとは何か」ということだと気付かされて。ストーリーの裏にある、制作者が本当に伝えたい事まで見ることが大事だと思うようになり、それを意識しながら鑑賞しています。それから美術展鑑賞は、自分の感性が磨かれるかなと思って挑戦しました。


若林 それにしても齊藤さんは2周目を完走したから、合計240点の本や映画を達成したということなんですよね。それも1年半で。(※「知トラ」は本60冊読了・映画40本鑑賞・美術展20件鑑賞の計120点を達成すると、トライアスロンコース1周完走となる。)2周目完走、つまり2回目の鉄人認定は初めてですが、留学生の鉄人誕生も初めてです。その鄭さんはいかがですか。


 私は台湾・台北の出身です。高校のとき、第2外国語として日本語を勉強していました。2年生を終えてから、姉妹校の(広島県)尾道市の高校に2か月間、留学しました。高校を卒業して、大阪の日本語学校に入学したのですが、そこで出会った日本語の先生に勧められて、広島市立大学を受験しました。


若林 どうして国際学部を選んだんですか。


 もともとは文学部を考えていたのですが、ここの国際学部には留学生も多いし、多文化共生プログラムに入りたいと思いました。


若林 「知トラ」にはどのようないきさつで興味を持ったんですか。

鄭さん

鄭さん

 齊藤くんのおかげです。ちょうど去年の今ごろ、ポスターで齊藤くんが「知の鉄人」になったことを知りました。それがきっかけで自分も「知トラ」に挑戦しようと思いました。あと、日本のことを知りたくて。まだ、講義の内容をよく理解できません。でもそれは、日本語能力だけの問題ではなくて、日本についての知識そのものが無いからかなと思いました。それで、なるべく日本語の本を読んで日本についての知識を増やそうと思ったんです。


若林 なるほどね。特に若い人たちがどんな本を読んでいるのか、とか、どんな映画を観ているのか、とか、そういうのを自分で体験して知りたいと思ったんですね。鄭さんが「知トラ」で読むのはほとんど日本語の本なんですか。


 はい。9割以上は日本語の本ですね。


若林 日本語は、やはり難しいですか。漢字は中国語でも使いますが、日本語だとひらがなやカタカナもありますよね。


 やはり、教科書で学んだ日本語と、みんなが会話で使う日本語は違いますね。


若林 例えばどんな本を読むんですか。専門書や一般書など、いろいろあると思いますが。


 哲学と文化人類学についての本を10冊ずつくらい読みました。ほとんどが新書です。新書は、最近の流行文化や社会問題などを知ることができる、いちばん手っ取り早い本です。


若林 確かに新書の目的には、一般読者に向けて現代社会の問題について啓蒙するということがあると思いますが、それでもさっと読めるような簡単な本ばかりではないですよね。入門書とはいえ、しっかり書かれた教養書ですから。映画も、日本の映画を観るんですか。


 日本の映画も観ますし、欧米の映画も観ます。SF映画でも、その中に哲学の問題が隠されているように思います。例えば最近観た『娼年』という映画では、日本人のとらえる性とは何なのかを、いろいろ考えました。ジェンダーの問題に関心があるので。今日持って来た本もフーコーの『性の歴史』(第1巻『知への意思』)です。


若林 そう、今日は皆さんにそれぞれのベスト本を持って来てもらいました。鄭さんは『性の歴史』を持って来てくれたんですね。


 フーコーの本です。フーコーはフランスの哲学者です。


若林 それが鄭さんにとってなぜベスト本なのか、教えてもらえますか。


 この本を読んだきっかけは、(国際学部のウルリケ・)ヴェール先生の授業でした。


若林 ヴェール先生はジェンダー研究がご専門ですね。


 ジェンダーはいちばん身近な問題ですね。国際学部でも、学生の3分の2は自分と違う性別(女性)ですし、同じ男性でも台湾人男性と日本人男性は同じなのか、違うのか…といったことを考えます。この『性の歴史』を読んで、主にフランスなどキリスト教世界でとらえるジェンダーが主題になっていましたが、あらためて性について考えました。フーコーはこの本の中で、ジェンダーは教育などを通して形成され、人々が身に付けると論じています。今はポスト構築主義の時代ですから、かつての「男と女」といった二項対立を打ち破る考え方があります。ジェンダーの問題は、例えば少子化社会という社会問題にもつながります。子供を産むか産まないかという選択もジェンダーの問題です。フーコーのこの本は、自分のジェンダーとセクシュアリティの参考書として読みました。


若林 鄭さんが今関心を持っている事について教えてくれる本なんですね。齊藤さんのベスト本は何ですか。

齊藤さん

齊藤さん

齊藤 僕が持って来たのは『なるほど、そうか! 儲かる経営の方程式』という本で、MQ会計とTOCを主題にした本です。MQ会計とは、利益と直接関係性のない売上に注目するのではなく、粗利に注目しよう、という考えに基づく会計です。TOC(Theory of Constraints)というのは、エリヤフ・ゴールドラットというイスラエルの物理学者が考えた理論です。例えば工場を例に説明すると、材料を仕入れて、製品を作って、できた商品を売る過程の中で、仕入れと販売は順調だけど、製造のスピードが遅いとします。すると、全体がうまく流れるようにしようと思ったら、仕入れと販売をいくら頑張っても意味がなくて、製造という最も弱い部分を見つけて、そこを改善するという考え方がTOCというものです。


若林 なるほど。この本が齊藤さんにとってどうしてベスト本なんでしょう。


齊藤 TOCのような全体を見るという発想が響いたので。例えば、大学や組織で何かプロジェクトをやる時にも応用できます。あと、この本は、会社を立て直そうとしている女性を主人公に話が進むんです。そこで、MQ会計やTOCに精通した人が、女性に教えるというストーリー。そこで思ったのが、「教える」ということが、その人から自分で「気付く」機会を奪うことになりうるということです。


若林 教えすぎるとかえって良くないこともありますね。あえて(それ以上は)教えないというのも一つの方法ですよね。


 齊藤くんは、マネジメントゲームをやる勉強会にも参加していると聞いたんですが、経営は知識も無いとできないと思うので、そういったことも本で勉強しているのは感心します。僕は、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』をベスト本に選びました。


若林 原さんにとって、なぜそれがベスト本なんでしょう。


 この本は高校生のころから読みたいと思っていました。世の中には「愛されたい」と言う人もいますが、僕としては、「愛されたい」より「愛したい」「愛する」という方がいいと思っていて。この本には「愛する」とは何かとか、「愛される」より「愛する」ことが大事とか、そういうことが書かれてあって、感銘を受けたんです。


若林 これは原さんの芸術にも役立つんじゃないですか。


 そうですね。芸術でも映画でも、「愛」をテーマに作られたものが結構あります。「愛」というテーマを伝える手段としてアニメーションや映像があるわけです。ですが、アニメーションなどの技術的な部分は専攻で勉強できますが、テーマになってくると、自分の価値観などとも関わってくるし、本などで勉強していかないとなかなか身に付くものではありません。なので、この本もこれからの制作活動に大きく役立ってくると思います。


若林 なるほど。「人を愛する」というテーマは、普遍的なものかもしれないですし、でも東洋と西洋で異なる解釈や価値観もあるかもしれませんし、少し哲学的な話にもなるかもしれませんね。


 そうですね。海外の映画でも「愛」はよく取り上げられるテーマですが、観ていて少し違うかな、と思うものもあります。ですが、しっくりこないものも含めて、社会に問いかけるのに「愛」は大切なテーマかなと思っています。

若林学長

若林学長

若林 実は、今日は私もベスト本を持って来たんです。ちょっと紹介していいですか。20歳の時の自分にとってのベスト本を考えて持って来ました。『二十歳の原点』という本です。内容は、高野悦子さんという女性の書いた日記です。彼女が20歳になった1969年1月2日の日記から始まるんですが、その半年後の1969年6月24日に彼女は自殺されました。今からちょうど50年前です。彼女が亡くなった後、彼女のお父さんが日記を見つけ、編集して出版したんですが、1月15日の成人の日につけた日記に「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」という言葉を書いています。この言葉が本のタイトルの元になっています。高野悦子さんが大学生だったときはちょうど大学紛争の真っただ中の時代で、大学紛争に参加したり恋愛をしたりする中で、社会の矛盾に気付いて、それに体当たりして、結局その中で生きていくことができなくなったんですね。とてもまじめな学生さんだったようですし、勉強熱心で、感受性も強い人。私がこの本を読んだのは高校3年生のときでしたが、いろいろなことを考えましたね。自分の人生を見つめ直したというか、いい加減に生きていたらいけないな、ということを思って、18、19、20(歳)のころは、いつも手元に置いていました。今でも影響を受けていると思います。


齊藤 私もこの本は読んだことがありますが、(高野悦子さんは)自分のアイデンティティって何だろうと一生懸命探しているように感じられました。

若林 自分に向き合いすぎたのかもしれないし、ごまかすことができなかったのかもしれないですね。


 読み返すこともあるんですか。


若林 読めないですね。読み返すと今でも涙が出そうで。高野悦子さんが亡くなったのは6月24日の未明なんですが、実はこの6月24日は私の誕生日なんです。彼女が亡くなった日は私の13歳の誕生日です。そういう因縁のようなものも勝手に感じています。さて、今日はみなさんの「知トラ」挑戦やベスト本についてお話ししてもらいましたが、今後、「知トラ」も含めてこの大学でやってみたい事や目標はありますか。


齊藤 まずは自分を磨くことをしたいと思っています。以前、人間には「考える人」と「感じる人」と「思う人」の3タイプがあると聞いたことがあります。世の中を動かしているのはこれら3タイプの人たちみんなであって、だからすべてのタイプの人のことを理解していないと、人の上に立って人を動かすことはできない、と。私自身は「考える人」だと思っているので、「感じる」と「思う」の部分を磨いていきたいなと思います。あと、経営やビジネスに関心がありますが、こういうのは知識だけでなくて実践がないと実感がわかないんですよね。なので、大学で身に付ける学問をいかにうまく実践に結び付けて研究できるか、ということにも焦点を当てて、勉強していきたいと思います。


 私は留学に興味があります。1年生の夏に韓国へ行って、今年の夏は短期交流プログラムでマレーシアへ行ったのですが、次は、来年1月から3か月半、カナダのエミリー・カー美術デザイン大学のアニメーション・コースに、交換留学で行くことになりました。将来の目標はアニメーション監督になることです。アニメーション監督として、共同制作をする過程で自分自身も成長し、また自分の作る作品を通して世界を見てみたいからです。その目標の実現に向かうためにも、読書や国際交流、制作を頑張っていきたいです。


 私は、(国際学部の)柿木(伸之)先生のゼミに入って、哲学の可能性を考えてみたい。柿木先生は哲学の研究者で、例えば広島の原爆についても、歴史の出来事としてではなく、哲学の観点から考えていらっしゃいます。私も柿木先生から学んで、哲学を自分の国の政治にどうやって生かしていけるかについて考えたいです。これが自分にとっての課題です。あとは、やはりジェンダーの問題に関心があるので、例えば兵役の問題もジェンダーを通して哲学的に考えてみたいです。

集合写真。左から齊藤さん、鄭さん、若林学長、原さん

若林 今日は「知の鉄人」3人に集まってもらって、いろいろなお話を聞かせてもらいました。今日の対談で、「知のトライアスロン」にある「知」というものの面白さを、あらためて思いました。(「哲学」を意味する)フィロソフィー(philosophy)という言葉がありますが、語源はphilo-(愛する)とsophia(知)というギリシャ語なんですよね。皆さんにはこれからも、それぞれの専門分野の勉強が大切なのはもちろんですが、その奥にある「知」の面白さを探求する、「知を愛する」ということを続けていってほしいと思います。今日はどうもありがとうございました。