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藤本海さん・新井夏子さん

「この人と話したい」は、活躍している学生・卒業生・教職員から、学長が話を聞いてみたい人を学長室にお招きし、対談する企画です。

今回は、本企画の第10弾として、ヒロシマや平和の問題に関心を持って今年度本学に入学し、入学後もヒロシマや平和について学び考えるさまざまな活動に積極的に取り組んでいる、芸術学部1年の藤本海(ふじもと・かい)さんと国際学部1年の新井夏子(あらい・なつこ)さんにお話を伺いました。(対談日:2020年11月10日)

若林学長 今日は、芸術学部1年の藤本海さんと、国際学部1年の新井夏子さんをお呼びしました。お二人ともヒロシマや平和の問題に関心を持っていろいろな活動をしています。藤本さんは、9月28日に開催された、松井一實広島市長を交えて市政課題について討論する「市政車座談義」に参加され、小学6年生の時には広島市教育委員会が毎年開催している「こどもピースサミット(平和の意見発表会)」に学校代表で出場されたと伺いました。新井さんは埼玉の高校在学中に被爆者の方の遺品を絵にしたことがきっかけで、本学入学後に、その方のご遺族に会ったり、ご遺族と一緒に平和記念資料館を訪問したりしていますね。藤本さんは広島出身ですか。


藤本 はい。広島出身でずっと広島で育って、小さい頃から平和教育を受けてきました。高校は広島市立舟入高校の国際コミュニケーションコースで学びました。ほかのクラスよりも国際交流が盛んで、ジェンダーや貧困などの問題について勉強して英語でプレゼンする授業もありました。

藤本さん藤本さん

若林 そのまま(本学の)国際学部に進学しそうですね。


藤本 また小さい頃から絵を描くのも大好きで、高校に進学する時も(芸術教育に力を入れている広島市立)基町高校の創造表現コースに進むか迷ったくらい好きでした。それで大学進学時には、芸術を諦めきれずに広島市立大学の芸術学部に入りました。


新井 国際系の高校で学んで芸術学部に入れるなんて、素晴らしいと思います。


藤本 舟入高校の国際コミュニケーションコースにはいろんな教科の先生がいますけど、国際関係に興味のある先生が集まっていました。通っていた画塾にも、制作活動をしながら社会問題にも関心を持っている先生が多くて、自分に合っていましたね。絵だけを教わるんじゃなくて、いろんな問題に対する見方などを教えてもらいましたから。


新井 いい環境ですね、画塾も高校も。私は埼玉県出身で、自由の森学園という中高一貫校で学びました。旅行が好きで、沖縄、広島、長崎に行ったり、学校のプログラムでカナダや韓国にも行ったりしました。去年の夏は岩手県釜石市に行って東日本大震災のことを勉強したりもしました。旅行が好きな理由は、現地で本物を見ることが大事だと思うからです。自分で見たものって忘れないし、行かないと体験できないことがいっぱいある。中でも広島は、私にとって一番強い思いを持って学んできた場所なんですが、現地に行くことで何かつかめるものがあるんじゃないかと期待して広島市立大学に進学しました。


若林 広島に関心を持った最初のきっかけは高校生の時に大本利子(おおもと・としこ)さんという被爆者の方のブラウスを絵に描いたことですか。それとも、ヒロシマや平和の問題には、もっと前から関心があったんですか。


新井 中3の時の修学旅行で沖縄に行って、基地を見て回ったり、平和祈念資料館を見て回ったりする中で、戦争について関心を持つようになりました。そして、その年の10月に初めて広島に来て、その時からですね。


若林 日本で平和について学ぶとなると、広島、長崎、それとやっぱり沖縄かもしれないですね。


新井 埼玉や東京にいるよりも、やっぱり広島に行くしかないんだなと思いました。


若林 藤本さんはどうして広島市立大学(の芸術学部)を選んだんですか。


藤本 ずっと縁があったからですね。小学生の頃に、(現芸術学部長の)伊東(敏光)先生たちがやっていらしたいろいろなワークショップに参加していたんです。「キッズキャンパス」(2005~2015年に広島日野自動車株式会社協賛で開催していた幼児・児童を対象とした公開講座)や、広島市佐伯区湯来町で開催された彫刻ワークショップ(2010年に「湯来芸術村構想アーティストロッジ」プロジェクトの一環として、本学芸術学部と公益財団法人泉美術館の主催で幼児・児童を対象に開催)などです。それ以来、市大の芸術学部はいいな、という印象がずっとありました。国際問題にも関心はあったんですけど、アメリカン・コミックスが好きだったこともあって、芸術、アートの世界にも興味がわいてきたんです。それから、「光の肖像展」(本学芸術学部が2005年から取り組んでいる、被爆者の肖像を描くプロジェクト)を見に行ったことがあり、基町高校の「原爆の絵」(同校美術部の生徒たちが被爆者の証言を絵にする取組)も見に行きました。そういうものから刺激を受けて、絵という芸術を通して出来ることがあるんじゃないかと考えるようになりました。市大には芸術学部も国際学部もあり、自分の関心に通じるものがそろっていて、国際交流が盛んだということも知ったので、市大を選びました。


若林 こういうお二人に本学に来てもらえてよかったです。自分に合った大学を選んでもらえたんじゃないかと思います。ですが入学早々、新型コロナウイルス感染症拡大のために授業開始が遅れたり、前期はほとんどがオンライン授業になったりするなど、通常の大学生活が送れなかったと思います。


新井さん

新井 私は国際学生寮「さくら」に入寮したのですが、引っ越して来て2週間くらいで一度実家に戻りました。次に広島に来たのが7月くらいで、夏休みになってまた実家に戻って。9月の終わりからはずっと広島にいます。


若林 友達はできましたか。


新井 寮でできました。


若林 寮はその点でよいですね。


新井 後期は一部で対面授業も始まったので授業で会う人もいますが、友達や普段一緒に過ごす人は寮の人。寮は支えになっていますね。広島に知り合いが一人もいなかったので、寮に入って本当によかったと思っています。

若林 藤本さんはどうでしたか。


藤本 私は実家に住んでいるのですが、前期の間はオンライン授業に合わせて生活のリズムを整えました。芸術学部で出された課題を家の自室でしなければならず、大きな作品の制作はできませんでした。ですが芸術学部の場合は前期の途中から少しずつ対面授業が始まりました。


若林 6月8日からでしたね。芸術学部は制作をしなければならないので、十分対策を取った上で早めに対面授業をできるようにしましたね。


新井 国際学部の場合、前期はずっとオンラインでした。最初は一日中パソコンに向かっていることが苦痛でした。先生とも会えないし、一緒に授業を受けている人の顔も見えないし、授業後に「これどう思った?」って聞くこともできないじゃないですか。オンラインだと、授業じゃない時間のコミュニケーション、人とのゆるいつながりがないのがつらかったです。


若林 食堂に行って友達と話すということもできないですからね。


新井 国際学部の授業では、人がどう共生できるかということを学ぶのに、その学びを人と一緒にできないんです(笑)。


若林 大学としても努力はしたつもりですが、前期は厳しい状況でした。後期では少しずつ対面授業も取り入れるようにしましたが。


藤本 コロナ禍で唯一よかったなと思うのは、授業がオンラインになったように、国際交流のイベントなどもオンラインが増えたことです。


若林 気軽に気楽に参加できる。


藤本 はい。気軽に参加できますし、交通費などのお金もかからないですし、それはよかったかなと思います。今もアメリカの大学生と交流しているんです。ただし、朝6時とかに起きないといけないけど。

若林 時差だけは仕方がないですね。


藤本 でもオンラインで知り合って連絡先を交換して、ちゃんとつながれます。そういう機会はコロナ禍がなかったら広がっていなかったかもしれない。


若林 これからそういう機会はどんどん広がるでしょうね。これまでは実際に行かないと交流できなかった。それはそれで意味はあると思うし、実際に行くほうがいいでしょう。ですがオンラインでもできるようになって、時差は仕方ないとしても、時間さえあればできるし、最近は映像も結構きれいだし、ネット環境が整っていればいろんな可能性が広がりますね。さて、お二人にヒロシマと平和についても聞きたいです。お二人が対照的なのは、新井さんは広島の外からヒロシマを見てきたこと、藤本さんは広島で生まれ育って広島の内からヒロシマを見てきたことですね。新井さんは、ヒロシマや平和について外から見てきて、その後、まだ半年とはいえ広島に来て内から見るようになってから、何かものの見方が変わったりしましたか。


新井 広島の外の人として私個人が感じていることなのですが、若い人による平和活動というものが、広島・長崎・沖縄の学生のものになっていると感じています。まず学校教育から違いますよね。小学生の時に原爆のことを毎年教えてもらうかそうじゃないか。学校に平和活動をしている部活があるかないか。学校の先生が熱心かどうか。自治体が主催する平和学習の機会があるかないか。そういう機会の差が結構ある。もちろん被爆地や沖縄なので当然かもしれませんし、東京では東京大空襲のことを教えているように、それぞれの場所でいろんな平和学習があるんですけど、でも広島・長崎・沖縄の人じゃないからといって3つの場所のことを知らなくていいわけではない。

若林 広島にいる私たちも、沖縄のことをちゃんと知っているかというと、そういうわけでもないですよね。もしかしたら長崎についてさえよく知らない場合もあります。でも、知ろうとすること、あるいは自分は知らないということを意識することは、非常に重要ですよね。


藤本 広島の内にいる人としては、正直にいうと、中学生から高校生の最初くらいまでの時期は、平和に関する問題から気持ちがちょっと離れていたんです。ほかのことで忙しいですし、平和については結構勉強してきたという思いもありました。ですけど、舟入高校の国際コミュニケーションコースに入って世界のことを勉強するうちに、ヒロシマの問題に関心が戻りました。一番のきっかけは修学旅行でフランスのアルザス=ロレーヌ地方に行ったことです。そこでホームステイをしたのですが、私が広島出身だということで広島の話になりましたし、日本のことについても聞かれます。逆にホストファミリーはフランスや地元のことを教えてくださいました。そうする中で、自分は(ヒロシマについて)話せるものをあまり持っていないと考えるようになりました。もう一つのきっかけは、市大に入学して前期に履修した「平和インターンシップ」という授業です。その授業では「平和とは何か」という根本的な問いを考えるんです。平和学習はしてきたけど、平和って何だろうとあらためてたくさん考えましたし、フランス修学旅行のように一度(広島の)外に出てみないと分からないことがあるということは感じましたね。こういう経験がなかったら、こんなにまた興味を持ったり、勉強しなきゃいけないと思って学ぶようになったりすることはなかったと思います。


若林 藤本さんが参加した市政車座談義では、出身地から学びの経験まで、さまざまなバックグラウンドの人たちと議論したと思いますが、いかがでしたか。


藤本 車座談義では「平和文化の振興について」をテーマに討論をして、学生の参加者は私を含めて4人でしたが、「平和」についての多様な捉え方について議論できました。「平和」は戦争の対になるものというだけではなくて、差別やいじめがないこととか、単純に毎日のごはんがおいしいこととかも含まれるわけで。


新井 平和教育って何だろうと考えさせられますね。原爆のことをたくさん学ぶことが平和教育なのかというと、私は違うと思いますし、平和な世界をつくるための教育って何だろう、平和って何だろう、と考えさせられます。

藤本 広島の平和教育も、以前は原爆に特化していたのが、例えば友達同士のけんかについて考えるところから始める、っていうふうに変わっていったそうです。自分自身も小学校高学年の時にそういう変化を感じました。それまではずっと原爆のことを勉強していたけど、道徳の授業に近くなったように思ったのを覚えています。


若林 ヒロシマや原爆について学ぶということでいえば、被爆者の高齢化の問題がよく取り上げられます。あと10年もすれば、自身の被爆体験を自分の言葉で語れる被爆者の方は、ほとんどいらっしゃらなくなるでしょう。そういう状況でどうしていけるか、お二人は何か考えていることがありますか。


藤本 恥ずかしい話なんですけど、被爆者の方の話を直接聞くことが苦手でずっと避けてきました。ですが、最近になって己斐(広島市西区)で被爆された方のお話を聞く機会があったんです。それが初めて聞いた被爆証言。聞いていて本当に苦しくなって、なぜか涙が出てきたりして。やっぱり直接証言を聞くのは(手記を読んだりするのとは)違うなと思いました。ほかにも、長崎の被爆者の方のビデオ映像を観る機会がありました。長崎の方言で、声の抑揚があって、身振りがあって、目の動きまで見えて。実際に体験された方の言葉の重みや迫力を強く感じました。誰かが継承していくことも大切なんですけど、証言する声や様子を録音や映像で残すことの大切さも感じました。


新井 言葉や方言の持つ力って本当にすさまじいと思います。方言って、そこの土地に生きてきた人の言葉ですよね。難しい方言は注を付けておけばいいわけで、生きた言葉を残すことは大切です。きれいな文章、整った文章では継承できないものがあると思います。それから、聞く側の態度や想像力をどう養っていくかも本当に大事です。想像力があれば、時とか国境はあまり関係ないんじゃないかと思います。


若林 やはり、自分はまだ何も知らないというところから始めて、今のうちにいろんな方の話を残して、その残された言葉や映像から、相手の立場に立ち、相手の痛みを想像すれば、多少でも(被爆者の方の体験に)近づけるように思いますね。お二人は、これから大学生活やその先でやってみたいことはありますか。

藤本さん、新井さん、若林学長

左から藤本さん、新井さん、若林学長

藤本 自分自身が小学生だった頃に市大で受けたような、子供たちを対象にしたアートプロジェクトやワークショップをしてみたいです。あと、留学もしたいですね。市大の協定校であるカナダのエミリー・カー美術デザイン大学は、授業の内容や進め方が自分のやりたいことに合致しているので、留学先に考えています。


新井 私は…将来の目標や進路はまだはっきりと決まっていなくて。でも、「広島に行こう」と思ったこともそうですが、本当にやりたいこと、惹かれたことには、悩むことなく迷わず向かう性格なので、大学でも「これだ」と思うことを見つけられたらいいなと思いますし、広島だからこそできることをしたいです。ただ、今年はコロナ禍で、ほかの学生と一緒に学べないのが残念です。オンライン授業だけだと先生が講義をして知識を伝えることはできますが、それが大学の学びの全てではないですよね。いろんな人と出会って、人とのつながりから学ぶことは確実にあると思うんです。なので、早く通常の大学生活ができるようになるといいです。


若林 それについては、今年に関しては本当に申し訳ないです。通常なら課外活動や食堂でのちょっとした歓談も、大学生活の大事な側面ではあるのですが。人同士のつながりは大事ですよね。コロナ禍が今後どうなるかはまだ分かりませんが、在学中は大学生活を楽しんでほしいと思います。もちろん学問もがんばってほしいですが、大学はいろんなリソースを持っていますので、それを十分活用して、いろんな人と出会って、人生において重要な時期である大学生活を大切に過ごしてほしいと思いますね。広島県庄原市出身の作家・倉田百三の言葉に「青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ」という言葉があります。私自身、今振り返ると青春時代は宝石のように本当に大切なものでした。お二人にもぜひ大学生活を大切にしてほしいです。今日はありがとうございました。

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