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来田 卓哉さん

「この人と話したい」は、活躍している学生・卒業生・教職員から、学長が話を聞いてみたい人を学長室にお招きし対談する企画です。
今回は、本企画の第2弾として、「いちだい知のトライアスロン」で初めて「知の鉄人」となった国際学部4年の来田卓哉さんにお話を伺いました。(対談日:2014年11月10日)

学長 「(知の)鉄人」達成、おめでとうございました。

来田さん(以下敬称略) ありがとうございます。

学長 初の達成ということで、(トライアスロン事業を)始めてから少し時間がかかりましたが、来田君という名前は図書館からもいろいろ聞いていて、こうやってずっと続けていただいて初代鉄人という形になったことをとてもうれしく思っています。まず「知のトライアスロン」の鉄人認定なんですが、あれは(図書)50、(映画)25、(美術展)15(を含む計120点)でしたね?

来田 そうですね。

学長 でももっと読んでますよね。実際にはもっと読んでるしもっと見てる。美術鑑賞はなかなか難しいと思いますが、どうでしたか。

来田 定期的に場所、時間を見つけて、という感じですね。

学長 どこか広島以外の土地に行った時も見たりとかしてるんですか?

来田 僕が基本的に行ってるのは市大とキャンパスメンバーズ協定を結んでいるひろしま美術館と広島県立美術館。あとは、フランスに留学していた時はそちらでも。僕の場合は先方の大学生として、学生証を見せればタダで鑑賞できました。

学長 なるほど。

来田 だから、ルーブル美術館とかオルセー美術館とかオランジュリー美術館等々も見てきました。

学長 「知のトライアスロン」の中で、自分はこういう本をたくさん読んだなっていう傾向を話してもらいたいんですが。

来田 僕がよく読む本は、興味があった国際政治とは全く関係無いような本を読むのが大好きで、なぜかというと自分とは全く分野が違う人が書いた本は、自分の知らない世界がそこに描かれているからです。とりわけ、科学、数学に関する本をたくさん読むようにしています。やっぱり新しく発見できたことによって今勉強している分野、興味があることに還元できて多角的な目で物事や視野を広げられるということを考えているので、そういう傾向があります。

学長 確かに来田君が読んだリストを見ると、藤原正彦の数学者関係だとか数学者列伝(注1)がありますよね。

学長 たくさん読んでてどれか一冊なんていうのは、よくある愚問だと思うんですが、それでもあえて今の大学1年生にどれか一冊お薦めっていったら何でしょうか?

来田 古臭いんですけど、吉野源三郎さんの『君たちはどう生きるか(注2)』っていう。僕はあれを塾の先生から薦められて…小学6年生かな?

学長 早い時期に読んでるね。

来田 お師匠さんみたいなおじさんと、その弟子としてコペル君が対話形式でやっていきながら、人生において重要なことは何なのか、これから自分がどういった考え方を基にしていったらいいのか等、とても哲学的なことを中学生の主人公に教え込んでいく。そこが小学生の僕でもわかると同時に、後から知ったのは、これが「これから戦争に行くぞー!」っていう時代に書かれ、「自分の命を無駄にするな」という意味も込められて書かれている、ということを巻末で日本政治思想では有名な丸山真男が解説しているのが非常に印象的でした。内容的には平易な言葉で書かれているんですが、半世紀以上前に書かれた本とは思えないくらい、きっとこれからも読み続けられていくんだろうなって僕は思っている、すごくオススメ(の本)です。

来田 映画について言えば、僕がここ何十本も見ている中で最後に感動したのは、チャップリンの『独裁者』という映画ですね。

学長 地球儀の風船を蹴るやつだね。

来田 これも1930年代頃に作られた映画で。もともとチャップリンは散髪屋を営んでいた人(の役)なんですけど、その風貌はヒトラー(3)に似ていることから、間違われて軍隊に行っちゃって、そのままヒトラーの代役みたいに扱われていくんですね。(その中)で、印象的だったのは、当時ナチスが、ユダヤやその近隣諸国の人たちを蹂躙(じゅうりん)していたことをチャップリンは知っていたからこそ、最後に決してヒトラーが言わないようなこと、「君たちは何のために兵士をやっているんだ。それは自分の国を守るためだろう。自由のために戦え」等と熱く語っていくんです。この作品はアメリカ映画で、ユダヤ人やドイツの人にも見せたいという意味で作られたという時代背景があるんですね。チャップリンって映画界では「喜劇王」と言われますが、実際は社会描写に非常に長けていて、(この作品の)最後の5分間のチャップリンの演説っていうのは永遠に残るものだなと感じさせられました。

学長 (来田君は)フランス留学中もいろいろ美術館を巡ったという話でしたが、他の学生達の状況についてどう思いますか。もちろん、芸術学部の学生達はそれぞれの専門分野も含めて、自分なりに鑑賞の機会を作っているとは思いますが、じゃあ、情報や国際の学生が美術館に足を運んでいるかっていったらそれほどでもないと思うんだけれども。美術鑑賞に関して、特に国際や情報の学生に何か言ってほしいな。

来田 僕の友達にも結構多いんですけど、「美術」っていうものをすごくお高いものとして見ていたりするんです。(僕は)そうじゃないよ。「この絵きれいだな、いいな」ぐらいの感想で、「あ、こんな美術展もあるんだ。じゃあ行ってみようか」ぐらいの簡単な気持ちから始めていったらいいのかなあって思います。

学長 さっき来田君が本とか映画について語った時、作品そのものに加えて作られた背景だとかを含めてメッセージ性っていうのを読み取っていたと思うんだな。そういう意味では芸術に関してはどうですか。そのまま鑑賞することから始めるの、それともその作家を同時に勉強するの?

来田 僕は見てから「あ、面白そうだな」って思ったら、その作品、作者をひとつフォーカスするんですね。初期の作品と後期の作品は違って見えるんです。作者の心理描写、作品に投影されていくものが変わっていくというのは、やっぱりそれは一人の作者を知っていくことによって知ることができる。自分の全生命がそこに描かれている。絵っていうのはそこが出ていたりするので、僕は面白みを感じます。

学長 なるほど。さて、私が一番聞きたかった質問をさせてください。来田君は「知の鉄人」第1号になったわけだけど、「集中的に本を読む」ということで、何か自分の中に感じ取れるような変化があったのかどうか。君の場合、子供の頃からかなり読んでるかもしれないから、そういう変化が意識できたかどうかわからないんだけれども。

来田 僕は昔から読んでいたっていうのは語弊があるんですけど、小学校の頃に通っていた塾の先生が英才教育をしたい人で、吉野源三郎の他に三島由紀夫、鴨長明や山椒大夫など、かなり難しい本を小学生に読ませたんですね。

学長 小学生に。

来田 小学生に。読書感想文も徹底的に書かせるので、書く能力と読む能力は徹底的に鍛えられました。

学長 それは本質ですね。

来田 僕は、それが嫌で嫌で。『君たちはどう生きるか』がどういう意味かわかったのって、大学2年生ぐらいですね。こんな本読んだな、って読み直したんですよ。小学校でそれ読んだっきり、中高では僕、部活三昧で…。

学長 そうだったんですか。

来田 朝から晩まで塾と部活の繰り返しで時間が取れなかったです。で、大学に入ってから、「大学生なんだから新聞ぐらい読むのは当たり前だろ?」と新聞を開いて、こう一面みたいなところ(を読むと)、書かれていることや言葉がわからないんです。例えば今だと「集団的自衛権」とか「社会保障」とか「高齢化問題」とか書かれているんですけど、意味がよくわからなくて。

学長 なるほど。

来田 「あれ?こんなこと、俺知らないし。俺大学に入って、こんなこともわからずにこのまま4年間大丈夫か?」って自分で不安を感じたんですね。その時に、僕はすごく…単純な人間なんですけど、「分からないなら、読むしかないんじゃない?」と思って。でもやっぱり目標がないとだめだったんで、ある先生から「100冊ぐらい読んでみたらどうでしょう」って言われたので、僕も「とりあえず100冊読んだら大丈夫か」って。入学して4月から半年ぐらいかけて百数十冊読んで。50冊超えると、なんとなく自分の中で自信が持てるようになってきて。

学長 どういう自信?

来田 それは、辞書がなくてもグーグル検索をせずとも新聞が読めるようになる。

学長 なるほど、成果の指標がわかりやすいですね。

来田 その問題に対して自分が新書で得た知識っていうのをさらに深めたくなって、そこで専門書を(手に)取ってみたり、先生に聞きに行ったりして討論してみたり、友達に会話を振りながら、自分自身の問題意識を深く掘り下げていくっていう興味が出てきたんですね。やっぱり初めは「知らない」っていうことに不安を覚えたり、同時に「知らない」状態から「知っていく」状態にしていく中で「知る喜び」っていうのが出てくるんです。そして改めて自分がまた「何も知らないのか」っていうのを知っていくんですね。それの繰り返しです。

学長 うーん、いい循環だね。

来田 と同時に、自分が読んだのってやっぱり人に薦めたい!

学長 なるなる。「読んでほしい!」って。

来田 その時に、基礎演習で取り組んでいた「知のトライアスロン」っていうのを続けてみて、その翌年は教養演習に入って、ある時赤星先生に言われたのが「このまま鉄人狙ってみたらどう?」っていうので、フランスの留学の最中にかなり(本を)読む時間があったので、今ここに至るってわけなんですけど。今どういう変化があるかっていうと、「暇な時間があれば本を読みたい」って気持ちなんです。活字中毒みたいな。

学長 量をこなすと中身というか、質が変わることがあるよね。そうすると、新聞一つとってみても、読み方が変わってくると思うし。自分自身が変化して、活字に対して敷居が低くなるというか、どんどん読むようになっていきますよね。

来田 そうですね。やっぱり大学生活ってモラトリアムと言われてますけど…大人になったら言うじゃないですか、「もっと本を読んでおけばよかった」って。そんなのわかっているから、とりあえず読んだほうがいいって。その後、絶対一生残っていく一つのレールになると思いました。

学長 なるほど、よくわかりました。今日はどうもありがとうございました。

【注】
(1)『天才の栄光と挫折 数学者列伝』文藝春秋 2008年
(2)『君たちはどう生きるか』岩波書店 1982年
(3) 映画では「ヒンケル」という役名

対談の様子は附属図書館発行の「知恵の樹 第64号」にも掲載しています。

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