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SUIKOさん

「この人と話したい」は、活躍している学生・卒業生・教職員から、学長が話を聞いてみたい人を学長室にお招きし対談する企画です。
今回は、本企画の第3弾として、大学前の歩道橋にグラフィティを制作していただいた世界的に活躍するグラフィティ・アーティストのSUIKOさん[芸術学研究科(博士前期課程)造形計画専攻修了生]にお話を伺いました。また、今回は芸術学部の吉田幸弘教授にもお越しいただきました。(対談日:2015年2月4日)

学長
 SUIKOさん、あらためて、お礼を申し上げます。よそでは見られない歩道橋になり、芸術学部を持つ大学としてさすがだなというものを作っていただいて、本当に感謝しております。まず、作品そのものについて教えていただけますか。

SUIKOさん
(以下敬称略) そうですね。広島市立大学大学院を修了すると同時に「SUIKO」という名前が生まれました。これはコンセプトであり、キャッチフレーズでもあって、グラフィティを描く時はこの名前を常に描いていて、今回も実は橋桁に「SUIKO」の文字が入っているんです。

学長
 どこかに入っているんですか?

SUIKO 全体です。

学長
 全体ですか。

SUIKO はい。文字は自分独自の描き方になっているので、グラフィティを見慣れている人や自分の作品を長い間見てくれている人じゃないと読み解きづらいかもしれません。実際パッと見た人たちには模様のように見えるでしょうし。

吉田教授(以下敬称略) なかなか読みづらいというか。多分言われないと絶対わかりませんね。

学長 確かに、模様のように見えます。

SUIKO と言っても、今回の作品は今までの僕の作品の中で最も解読しやすいレタリングで、「Block Buster」と呼ばれる、メッセージをストレートかつ強力に表現するグラフィティの方法で描いています。北面はかなり簡略化しているので読みやすいと思います。南面では僕が好んでよく扱う雲が盛り込まれているので、より模様として見えてくると思います。雲の表現は自然を感じることができるモチーフですし、リズミカルで、とても好きです。それから、陸橋の階段部側面は点(玉)がだんだん進化しながらもまた点に戻るようなデザインになっています。

学長 なるほど。それで、その「SUIKO」っていうのは、どういう意味なんですか?

SUIKO 「酔狂」っていう言葉に由来しています。「常識にとらわれず自分らしく生きたい」というメッセージを込めています。大学院を修了するタイミングでつけた名前で、自分の(グラフィティ・アーティストとしての)名前でもあります。もともと世界に打ち出していこうって考えていたので、日本的な雰囲気のある名前にしたかったっていうのと、男性なのか女性なのか分からないような中性的な名前にしたかったっていうのがあります。

学長 SUIKOさんはこれまでコカ・コーラ社とかディズニーだとか、いろいろな企業に作品を提供されていますけど、壁以外ではどういうものにグラフィティを描かれているんですか。

SUIKO 壁以外のものになってくると、描くというよりはデザインになります。描くものであったら車に描いたりもしています。描いたものが旅をしてくれるというのは楽しいです。

学長 なるほど。

SUIKO バンドマンの車に作品を描いたことがあるんですが、その人がその車で日本中を旅するので、僕の作品が違う所で見られる。そういうのもおもしろいし、服のデザインもします。服のデザイン、靴のデザイン、いろいろなことをしていると、僕のデザインしたTシャツを着た人がいろいろな移動することで作品も移動する。そうやって自分の作品が勝手にひとり歩きしていくっていうのもおもしろくて。

学長 今履いてらっしゃるその靴もそうですか。

SUIKO そうですね。

学長 さっきもちょっと気になっていたんですけど、かっこいいなと思ってたんです。

SUIKO これはアメリカのブランドとのコラボで作りました。

学長 こういうのもデザインされているんですね。

吉田 壁に描くのと商品をデザインするのとでは、何か意識的にデザインなど変えて描いているんですか。

SUIKO 意識しては変えないです。媒体が変われば自然とデザインも変わっているはずです。でも、最近は僕もデザインの仕事をよくいただくようになってるんですけど、Tシャツのデザインを頼まれたらすぐにTシャツのデザインに取りかからずに、まず壁に描いてその壁に描いたものを元にデザインに落とし込むことも多いです。

吉田 壁自体がスケッチブック代わりなんですね。

SUIKO 壁に描いたものを服に落とし込むことによって、「あそこの壁にあったものを自分が着られる」っていう感覚で着てくれる人も結構います。

学長 SUIKOさんはいつも自由に制作されているイメージなのですが、いろいろな作品制作の依頼が来る中で、誰が見るのか、誰が買うのか、っていうようなことを意識することはあるのですか。

SUIKO 僕はもともと人の目を意識してものづくりをしてきましたが、最近は自分がやりたいようにやるっていうのをコンセプトの一つにしています。ただやりたいようにやればいいっていうわけではないんですけど、僕は元々まじめにやってしまう方なので、時にあえて人の目を意識せずにやってみたりとか。

学長 なるほど。では違う視点からお聞きしますけど、グラフィティはかつては、言ってみれば「落書き」のように見られていたのが、だんだん社会の方が変わってきてグラフィティという「アート」なんだと言われ始めた。そういう周りの見方の変化についてはどう思われていますか。SUIKOさん自身にも変化がありますか。

SUIKO 自分の根っこは変わってないと思います。でも、自分がやっていることがまだ認められてなかった時期は、もっとアートとして出していきたいという考えでやっていたと思うんですけど、最近になって「これはアートですね」って言われると「いや、違うんだよな」って思ったり。僕は…そうですね、純粋にアーティストとして進んできたかと言われると、そうじゃないかなとは思います。例えば服を作るのはデザイナーというファッションの世界になるんじゃないのか、でも時々美術館に呼ばれて作品を作るときはアーティストということになる。でもそれはアートの世界の中に組み込まれているだけであって、じゃあ自分がアーティストと言っていいのかどうかよくわからないし…。何をアートっていうのかも、僕はよくわからないんですけど。

学長 でもそこがおもしろいんでしょうね。もうひとつぜひお聞きしたかったのが、SUIKOさんが、いろんな所からお声がかかって世界各地で描かれている中で、変わらず広島を拠点とされていることの思いや意味についてです。この点については、どのようにお考えですか。

SUIKO 一番簡単な理由は、まずは自分の街が一番活動しやすいんで、外に出る勇気がないってのもありますが。ただ、やっぱり自分の家は自分の街、広島にあるとほっとできるし、活動の戦略面から考えても、広島ほどいい所は無いと思っています。田舎から東京に出ていく人っていうのは山ほどいて、広島を拠点にやる人はやっぱり少ない。僕はいつも、広島から直接海外に飛ぶようにしているんです。東京をすっ飛ばして海外に出るというのをずっとやっていると、今度は東京の方からお呼びがかかるんですよ。日本は、東京だけが中心っていう感じがあるけど、特に世界を見ているとそんなことはなくて、一つの国の中でこの分野ならこの街、この分野ならこの街、っていろんなすみ分けがあるし、その街その街で個性的なアーティストがちゃんといる。そうあるべきじゃないかなと思います。それに広島は地球上で初めて原爆が落とされた街として、世界に対して発言すべきこともありますし。

学長 なるほど。

SUIKO あとは、昔はやっぱり東京に出て行かないとどうにもならなかったと思うんですけど、今はインターネットも発達しているし、世界の人ともすぐに連絡が取り合えるような環境だし、データのやりとりが早いし。そういう意味で、必ずしも東京にいる必要はなくなってきているかなとは思います。広島市立大学では、今はドイツ留学以外にも交換留学制度があるんですか。

学長 いろいろあります。フランスなどもありますね。

SUIKO そうですか。僕の周りでも国外に一度でも出た人たちは、世界を視野に活動していて、大学時代の仲間も卒業後にドイツで生活している人たちが何人もいたりします。やっぱりそういうのはいいんじゃないかなと思います。自分も大学院の時のドイツ留学が無ければ今の自分はなかった。

吉田 東京に出ていく学生でも、東京までしか見れてないという印象はありますね。もっと彼みたいに、世界を見てほしいですね。

学長 最後に、後輩たちにメッセージをいただけますか。特に芸術学部の学生は今後、芸術家、アーティストとして育っていく中で悩みもあるはずなんですね。そういった学生たちに、SUIKOさんから先輩として何かメッセージをいただけませんか。

SUIKO そうですね。大学にいる間は、大学の中にこもっているだけじゃだめだと思うし、早い時期に外に出て、世界の中で自分が何者なのかっていうのを考えるのが大事かなとは思っていますね。僕も自分にしかないものって何なんだろうっていうのを在学中、特に大学院でドイツ留学している間にたくさん考えました。まだその途中ではあるんですけど、ドイツ留学できてよかったです。大学にいる間も僕は本当に真面目な学生じゃなくて大学に来ないで外をほっつき歩いたりもしていたし、そういう意味で学生時代は自分探しをしていたなと思います。でも結局それが一番役に立った。あとは仲間たちといろいろ「ああでもない、こうでもない」って酒を飲みながらよく管を巻いて、それも大事な時間でした。こんな話ばかりしていると先生方から怒られそうですが。

学長 外のいろんな世界を知ることで、自分が何者かを見つめる目を養う。いろんな個性の中に入っていく中で、自分の個性は何なのかとか、自分のできることは何なのかっていうのを問い続ける機会になるんでしょうね。そういう目を早く持つか持たないかっていうのは、大きいですね。

SUIKO それは早いほうがいいと思いますし、僕の場合は大学時代に好きなことを見つけて、どんどん出ていったので、大学院を修了してからはそのまま活動に移せました。大学を出てから「じゃあ何しようか」と思ってるようでは出遅れますよね。大学での時間ってやっぱり余裕があると思うし、その間にいろいろ経験を積んでおいた方がいいと思います。

学長 なるほど。今日はお時間を取ってくださり、本当にありがとうございました。                                 

SUIKOさんのウェブサイトはこちら

 

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