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田中 優菜さん

「この人と話したい」は、活躍している学生・卒業生・教職員から、学長が話を聞いてみたい人を学長室にお招きし対談する企画です。

今回は、本企画の第6弾として、2016年10月に本学で開催された「ビブリオバトル@広島市立大学」(地区予選)に出場し優勝、続く「中国BCブロック広島・山口・岡山地区予選」(地区決戦)でも優勝、最後は京都大学で開催された「全国大学ビブリオバトル2016」(全国大会)に参戦し大健闘した芸術学部1年の田中優菜さんにお話を伺いました。(対談日:2017年1月13日)

学長 まずは、全国大学ビブリオバトルではご活躍おめでとうございます。京都大学で行われた全国大会は、全国の学生と交わるという点で良い経験だったと思います。本学の代表として地区決戦に行ってくださって、そこでも勝ち、中国BCブロック代表として全国の決戦大会まで行き活躍してくれたこと、うれしかったですね。それと、田中さんがバトルで紹介してくれた本『こんな夜更けにバナナかよ』は、私が「いちだい知のトライアスロン」で推薦していた本でもあったので。

田中 えっ!そうなんですか?

学長 知らなかったんですか!僕の推薦でこの本を知ってくださったと思ったんですけど、そうではなかったのですね(笑)。実を言うと、この本は僕が推薦したんです。それもあって、田中さんがその本をどういうふうに紹介してくれたのかとても興味があるのだけど、ちょっと実際に聞かせてもらうことはできますか。

田中 ここでですか?所々忘れているかもしれませんが、ではやってみます!

(以下、田中さんのプレゼンの要旨です。)

― こんにちは!広島市立大学芸術学部の田中優菜です。今日、私が紹介する本ですが、この本を読んでいると周りの人からしきりに「難しそうな本を読んでるね」と言われました。

題名は『こんな夜更けにバナナかよ』。かなりふざけたタイトルですが、みんなが難しそうというのには訳があるんです。副題は『筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』。この本は重度の障がい者 鹿野靖明さんと彼に関わるボランティアの人々の日常を描いたノンフィクションなんです。象徴的なエピソードがこのバナナです。鹿野さんは夜中にボランティアの人を叩き起こし、「バナナ食いたい」と言います。眠い目を擦りながらボランティアの人は「こんな夜更けにバナナかよ」と内心ひどく腹を立てながら、無言で食べさせます。ゆっくりと味わった後、「これで寝られる」というところで鹿野さんは言います。「もう1本!」と。ここでボランティアの方はひどく驚いた後に、急速に怒りが収まっていくのを感じます…。私だったら遠慮もあり我慢する方を選ぶので、「鹿野さん、勇気あるな!」と思いました。わがままと言われても、「主張しなければ実現しない」という鹿野さんの信念が基になっています。私はこの本を「勇気をもらった」「感動した」などの安易な言葉で片付けたくはありません。生きるのを諦めないこと、人と関わることを諦めないこと、そんなメッセージが伝わってくる本です。障がい者についての本は難しいと敬遠せず、人生に悩んだときなど、多くの方に読んでもらいたい本です。― 

(以上、田中さんの紹介要旨)

学長 なるほど、僕とは逆の視点から読んでいますね。田中さんは障がいのある鹿野さんの視点から。僕の場合は、逆にボランティアの立場から読みました。私は最近「ひろしま論」の授業の中で、「知のトライアスロン」を紹介するとき、よく『こんな夜更けにバナナかよ』の話をするのですが、どういうふうに紹介するかというと…

(以下、学長による紹介)

― この本の主人公の鹿野さんは筋ジストロフィー症を患いながら、自ら24時間体制のボランティアのシフトを組んで一人暮らしをするのですが、ボランティアの人たちは、北海道教育大学の学生さんなどで、授業が終わってバイトもして、夜の10時とか、つまりヘトヘトに疲れた体でボランティアのシフトに入るわけです。ある時、ボランティアの国吉さんは鹿野さんのお世話を夜中の2時くらいに終え、やっと寝られるというところで、「国吉君、お腹すいた、バナナ食べる。」と鹿野さんから言われる。それでやっと食べさせて、自分でも吐き気がするくらい眠くて、「やっと寝られる」という時に、「国ちゃん、もう1本!」と。その時、田中さんも言ったように、逆に怒りが収まっていったというのだけど、そこでボランティアは、突きつけられるわけ。自分がボランティアをしていることのどこかに思い上がりとか、わずかなんだけれど「してやっている」という気持ちを。そこで、ボランティアの方が変わっていく。

 そこが、この本はすごいなと思ったんです。自分がボランティアしていることの気持ちというものに向き合わされる。介護の問題は僕自身も多少経験があるのだけど、いつも突き付けられる場があるわけです。「よくやってるね」と周りの人が言うかもしれないが、自身ではどこで手を抜いているか分かっているとか。自分がボランティアしていることの気持ちに向き合わされる。「こんな夜更けにバナナかよ」と相手に対して腹立たしく思ってしまう気持ち。そこがこの本で一番感動したところです。そういう本なので、よかったら読んでみてください。― 

(以上、学長による紹介要旨)

学長 こういう感じで学生さんに勧めています。てっきり、田中さんもそれを聞いて読んでくれたんだと思っていました(笑)。

田中 それは全然知りませんでした。学長さんがこの本をそんなに読みこんでおられるとは驚きました。私は今回ビブリオバトルでこの本を紹介しましたが、周囲の人も一切読んでおらず、恐らく会場で聞いてくださった方々も読んでいらっしゃらない。誰も読んでいない場に行って、「この本はこんな本です。ぜひ読んでみてください」というのがビブリオバトルの面白いところではあるのですが、やはり、こうして読んだ方と話せることがうれしいです。

学長 それでは、本の話からビブリオバトルの方に話を移しますが、この本をもって、最初に本学で開催したビブリオバトルに出場しようとされたのは、どういうきっかけですか?

田中 私は大学の附属図書館でライブラリー・アシスタントをしているのですが、最初のミーティングで司書さんに勧められて。高校生のとき、文学部に入っていましたので、ビブリオバトルというものの存在は知っていたのですが、“バトル”という名称から、戦うのなら怖いかな…という印象があり、すぐには積極的に関わろうとはしませんでした。文学でバトルというのは、好きでなかったというか、勇気が出ませんでした。

学長 攻撃するみたいですよね。

田中 それからしばらくして、司書さんから「1人欠員が出て、田中さんよかったら出てくれない?」と再度勧誘され、これはもう神様が「出ろ!!」と言ってるんだなと。覚悟を決めて「出ます!」と言ったのが、始まりでした。

学長 では、最初はそこまで積極的ではなかったんですね。

田中 でも、人前で発表することは好きでしたので、出てみたら自分の中の何かが変わるかな?そういう期待もありました。

学長 実際に、勝ち上がって京都大学の全国決戦まで行くのだけど、そのあたりの様子はどうでしたか?

田中 地区決戦の会場では、観戦された方から「あらためて障がい者について考えてみたい」という感想カードをいくつか頂いたのがすごくうれしかったです。私も障がいがある立場なので。全国大会では、周りの発表者のレベルも高く洗練されていて、自分はもう全力でいくしかないなと決意しました。もし勝てなかったとしても、一瞬でも障がい者についてあらためて考えてみたいというふうに思っていただけたら御の字だなという気持ちで当たりました。

学長 全国大会では、自分の本がチャンプ本になった人、決勝に進めなかった人、いろいろあったと思いますが、全国から集まった発表者の様子はどうでしたか?

田中 それは皆さん洗練されていて、楽しんで聞けました。バトルではあるのだけど、相手を蹴落としてというような雰囲気はなく、純粋に「この本は面白いよ。読んでみて!」という気持ちが伝わってくるんです。また、あらためて伝える技術って大切だなとも感じました。会場が大爆笑するような、発表する・伝えるテクニックが突出している人もいれば、「この本が好きなんです!」という気持ちが真っ直ぐに伝わってくる人まで、いろいろな種類の発表者がいました。でもやはり決勝戦が一番面白かったです。

田中 全国大会の決勝戦は、5名の発表者で争われたのですが、5名のうち最初の4名は結構面白い(笑わせる)個性が際立つ発表でした。例えば、いきなり栄養ドリンクの瓶を壇上で取り出し、「リポビタンD!タウリン1000ミリグラム配合!と言う方が、1グラム配合!というよりも、すごく入っているように聞こえますよね?同じ量でも日本語は」と、スピーチを始めたり。

学長 それは何の本を説明した人?

田中 『ずるい日本語』です。(※『ずるい日本語』内田伸哉著 東洋経済新報社 2016年刊)

そういう発表方法に工夫を凝らした方が4名続き、最後の方1人だけが直球で純粋にその本が全面的に好きということを語られたんです。

学長 その最後の直球で勝負した人の本がチャンプ本になったんですね。

田中 そうなんです。やはり最後に勝つのは技巧ではなく、その本が好きという“気持ち”の強さでした。グランドチャンプ本は内田百閒の『冥途』で、卒論でもそれに専門に取り組まれた千葉大学大学院の方でした。

(※『冥途』内田百閒著 パロル舎 2002年再刊)

学長 それは面白いですね。

田中 一番直球でした。でも、プレゼン技術という意味では他の方の方が会場を沸かせていました。

学長 インパクトがそれほどなかった感じだったのですね。

田中 はい。ちょっと意外に思ったのですが、やはり最後に勝つのは“気持ち”ということでした。それが今回一番感じたことでしたね。プレゼン能力も必要ですが、最終的にはその本が好きという“気持ち”の強さなんだと。

学長 それは良い勉強になりましたね。私はこういう学長の仕事をしているため、相手にとって耳の痛い話もしなければならないのだけど、相手にうまく伝えるにはどう話せばよいかをいつも考えています。最終的には、今自分が話していることを本当に信念として思っているのか、信じているのかが一番大事な気がします。伝え方の上手い下手などはいろいろありますが、最後は信念の強さだと感じています。

田中 本当に、今回のビブリオバトルでそれを痛感しました。

学長 それは本当に素晴らしい勉強になりましたね。

ところで、本学では「いちだい知のトライアスロン」の事業をやっていますが、とにかく僕は本学の学生には本をたくさん読んでもらいたいと思っているんです。今は学生だけでなく大人も、電車に乗ろうが、何に乗ろうが、みんな携帯を触りますよね。そんな中、「広島市立大学の学生はよく本を読んでいるね」というふうになってほしいんです。それは、僕をはじめとして、やっぱり教員が読書の力というものを信じているからなんです。岩波新書、中公新書などの新書は、いろいろな学問の入門書になっていることが多いのだけれど、例えば、それを年間50冊読んだら?在学中に新書200冊を読んだとしたら、その学生はどうなるんだろう。『読書力』を書いた齋藤孝さんも言ってますけど、恐らく新書を読んでいない学生に比べて、ボキャブラリー、考え方など、全然違うだろう。ひょっとして、面接なんかでも顔つきさえも違うかも。読書って、4年間で200冊も300冊も読めば内面が変わりますよね。

田中 それは変わると思います。

学長 また、1冊の本を読んで質的に変わるという面もあるけれど、量を読むことも大事で、何百冊と大量に読むことで、内面の質が変わることはあるはず。恐らく、一般の大学生と全然違った大学生が出来上がると思っているんです。

田中 読書によって。

学長 そう。私がいくら言っても「学長、また言ってる」と言われるかもしれませんので(笑)、田中さんみたいに、学生自らが、「この本面白いよ」とか、勧めてもらいたいですね。

田中 そういう意味で「知のトライアスロン」をやっているんですね。在学中に多くの読書、映画、美術展鑑賞を勧める「いちだい知のトライアスロン」は、すごく良いシステムだと思います。私はオープンキャンパスでここに見学に来たときに知り、「なんて私に向いているのだろう。私のためのシステムじゃないか!」と思いました。読書も、映画も、美術展も好きなんですよ。特に本が好きでしたので「これは知の鉄人を目指さないと!」と。市大に入ってから、今、ちまちまと知トラの読書記録をためていってるんです。

 

学長 ぜひ、田中さんにも力を貸してもらいたいですね。知の鉄人になるとともに、ビブリオバトルにも挑戦して。本を読むことで得られる豊かさ、ある意味知的なプライドのようなものがありますよね。僕が若い頃は、友人の部屋に行くとまず本棚に何が並んでいるかを見て、「負けてるな」と思ったり、自分の本棚には見栄を張って難しめな本を並べたりしていましたね。めちゃくちゃ難解なものを、本当はどこが良いのか全然分かってないんだけど(笑)。例えば映画であれば、「鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』、あの映像はすげぇよな」と見栄を張って話すとか、してました(笑)。でも、知的な見栄を張ることは、今の学生にもあってほしいと思います。そういうことはすごく大事で、あの本を読んでおこうとか、あの映画を観ておこうとなるので。 本の場合も、「あれ、俺よう分からんかったけど、読み通せなかったけど、やっぱりそれじゃあだめだ。根性入れてもう1回読み通そう!」とか。少し見栄を張ることで自分を作っていった気がするわけですよ。

田中 今、ライブラリー・アシスタントをしているのですが、窓口で返却図書を受け取る中で、新書や小説を借りる人が少ないと感じています。もっと読んでもらいたいです。

学長 “勉強本”しか借りないんだね。

田中 そうですね。だからもっと小説とかを読んでもらうにはどうしたらよいかを、バイト中に考えたりしています。ただ私ひとりの力でどうにかできるのか?というところも感じていて…。

学長 そうですね。僕は学生の立場から、そういうことを伝えることができる人が欲しいと思っています。実は大学の中にそういう学生たちが活動をする塾のようなもの「広島市立大学塾(仮称)」をつくろうとしていて、ぜひ、田中さんにも参加していろいろな経験をしてもらいたいですね。

例えば、貧困、障がい、ボランティアなど、社会のいろいろな問題に関わり、その活動を通して自分の専門能力をどう生かしていくのかを学生が考えていく塾です。頼もしい学生、将来を託せる学生、ぜひそういう学生を目指してほしいです。ぜひ応募してほしいですね。

田中 ぜひ参加させていただきたいです。今日はいろいろなお話が聞けてよかったです。

学長 こちらこそ、ありがとう。