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佐藤優さん
「この人と話したい」は、活躍している学生・卒業生・教職員から、学長が話を聞いてみたい人を学長室にお招きし、対談する企画です。
今回は、本企画の第11弾として、2022年度下半期学生顕彰を受賞した本学学生グループ「ヒロシマ・ヤング・ピース・ビルダーズ」の代表で、広島や戦争の歴史に関心を持ってさまざまな活動を積極的に行っている、国際学部3年の佐藤優(さとう・ゆう)さんにお話を伺いました。(対談日:2023年2月16日)
若林学長 今日は、国際学部3年の佐藤優さんをお呼びしました。佐藤さんのことを知ったのは2年前に佐藤さんが市大塾に入ってこられた時で、その後、私が塾長として市大塾を通して接するうちに、佐藤さんが広島、沖縄、戦争などに幅広く関心を持って主体的にさまざまな取り組みをしていることを知りました。今日は佐藤さんのさまざまな活動についてお話を伺いたいと思います。今日はよろしくお願いします。
佐藤 よろしくお願いします。
若林 佐藤さんは、広島の出身ではないんですよね。
佐藤 熊本の高校を卒業して、大学進学を機に広島に来ました。今、広島での3年目が終わったところです。私が市大に来たのは、広島、原爆の勉強をしたかったからです。そう考えるようになったきっかけは、高校生の時に新書を多く読んでいた時期があり、次に何を読もうかと学校の図書館で本を探している時に、元広島市長の平岡敬さんが書かれた『希望のヒロシマ』(岩波新書、1996年)という本を見つけたことです。私はそこで初めてカタカナで表記する「ヒロシマ」に出会って、なぜカタカナで書かれているのだろうという疑問から本を手に取りました。平岡さんの本を読んで、広島が市を挙げて、広島の歴史や戦争、平和といったものに向き合っていることを知って、他の地域とは違う歴史の向き合い方に関心を持ちました。もともと戦争の歴史に興味があったので、せっかくなら広島の大学に行って学びたいと思い、進学先に広島市立大学を選びました。
若林 本学の中でも国際学部を選んだのも、やはりその関心からでしょうか。
佐藤 そうですね。開講されている科目を見ると、平和や原爆を扱うものも豊富にあったので、それも魅力でした。
若林 それまでは広島への関心はそれほど高くなかったんですか。
佐藤 まったく。『はだしのゲン』を読んで「怖い」という感情を強く持ったために、それだけで「原爆のことはもう分かった」と思うようになってしまって。だけど、読めば読むほど分からないとも思っていました。
若林 平岡さんの本以外にも、いろいろな本を読んでみたんですか。
佐藤 はい、読みました。元広島平和文化センター理事長のスティーブン・リーパーさんの本も読みました。日本人だけでなく、アメリカ人にもこんな活動をしている人がいらっしゃるんだと知りました。
若林 戦争との関連では、沖縄にも強い関心を持っていますね。沖縄も訪れたことがあるんでしたよね。
佐藤 はい、これまでに3回ぐらい行きました。私は中学校の修学旅行で沖縄へ行き、その時に沖縄戦の勉強をして、それ以来、戦争というとまず沖縄戦を想像するようになりました。また、沖縄戦を絶対に経験したくないという恐怖感が強く、沖縄に行ってちゃんと勉強したいという気持ちも持つようになりました。大学生になって時間の自由度がある今、もう一度沖縄に行って勉強し直しています。
若林 修学旅行で沖縄へ行って平和学習をやったからといって、皆が沖縄について学び続けるわけではないと思うのですが、佐藤さんはそれだけ沖縄戦の悲劇に対する思いが強かったということなのでしょうか。
佐藤 そうですね。恐怖感が強くありました。恐怖感がモチベーションのようなものです。
若林 なるほど。沖縄で戦争について関心を持って、平岡さんの本につながって、そして広島市立大学に来たということですね。佐藤さんは広島に来てからさまざまな活動をしていますが、初めにどんな活動から始めたんですか。
佐藤 広島平和記念資料館でのボランティアです。もともと学芸員の仕事に興味があり、そのことを大学の先生に話したら、資料館でのボランティアを紹介していただきました。始めてから2年が経ち、今3年目に入りました。
若林 具体的にはどんなボランティアをしたんでしょうか。また、どんな学びがありましたか。
佐藤 ボランティアの内容は、ある一人の被爆者がやり取りした手紙の整理です。手紙を読み込んで、それを入力します。学芸員の方と一緒に作業をするのですが、学芸員の仕事を近くで見ることができるのは、とても貴重な機会だと思います。あとは、手紙を通して、その被爆者の方が周りの人たちとどういうやり取りをしていたのか、どういう思いで接していたのかということが伝わってくるのですが、一人の被爆者の方の生きざまを理解することにもつながってくると思っています。
若林 佐藤さんは被爆者の方たちとの交流もしているとのことですが、資料館でのボランティアから始まっているといえますね。
佐藤 資料館でのボランティアを経験することで、被爆者に対する感情や捉え方が少しずつ変わりました。以前は被爆者を何か特別な存在として考えていたんですけど、被爆者の方々の人生にどんどん入り込んでいくと、被爆者である前に普通のおばあちゃんなんだという意識が強くなりました。まずは一人の人としてお話を伺って、信頼関係を作っていって、その上で被爆体験を聞くという。そういうやり取りを繰り返しながら、いろんな被爆者の方たちと交流を深めました。
若林 その取り組みから被爆者の切明千枝子さんともつながったのでしょうか。佐藤さんは、本学の学生グループ「ヒロシマ・ヤング・ピース・ビルダーズ」の活動として、切明さんの被爆証言を基にした「絵おと芝居」を制作されましたね。紙芝居をスクリーンに投影して、朗読や音楽とともに物語を伝える「絵おと芝居」は、紙芝居作家のいくまさ鉄平さん(本名・福本英伸さん)が考案した新しい紙芝居の表現方法ですよね。
佐藤 ある被爆証言会で切明さんのお話を初めて聞いて、被爆建物である旧陸軍被服支廠(広島市南区)に対する切明さんの強い思いを知りました。それまでは、それが軍の建物だったということくらいしか知らなかったのですが、そこにまつわるエピソードを聞いて、感情を揺さぶられて強く印象に残りました。せっかくお話を聞いたので、切明さんから受け取ったメッセージを伝えたい、私が抱いた感情と一緒に伝えたいという思いが強くなり、まずは旧陸軍被服支廠を題材にした物語の創作に取り組みました。
若林 その物語の朗読会を開催して、参加した小学生たちの感想画を基に、いくまささんに紙芝居の絵を描いてもらって出来上がったのが、去年(2022年)の12月に上演した『8月のウサギ ~被服支廠物語~』ですね。いくまささんが福島第一原発を題材にした作品を制作したときに、佐藤さんも手伝ったと伺いましたが、それがあって今回「絵おと芝居」の手法を取り入れたのでしょうか。
佐藤 以前に福島第一原発の事故を扱う授業を受けたのと、福島に近い仙台に祖母が住んでいることもあって、原発問題にも関心を持つようになったのですが、いくまささんたちの活動を知った時に自分も関わりたいと思ったんです。その時の経験が、旧陸軍被服支廠の「絵おと芝居」にもつながりました。
若林 去年行われた上演会やテレビで放送された特集も拝見しましたが、佐藤さんたちの思いは関わった方々や観客の皆さんに確かに伝わったように思いました。プロジェクトを進めるに当たっては、公益財団法人マツダ財団や本学の「市大生チャレンジ事業」の助成も受けていますが、相当な積極性とバイタリティがないと、ここまでの成功につながらなかったのではないかと思います。旧陸軍被服支廠は最近でこそ話題になっていますが、戦前からあった建物だけに日常の風景に溶け込んでしまって、その歴史を知らない人も多いでしょうから、その意味では今回の佐藤さんたちのプロジェクトは非常に大きな意義のあるものだったと思います。
佐藤 私は、せっかく広島の大学に入ったのだから、原爆のことをはじめ広島のことをちゃんと知っている人、ちゃんと語れる人になりたいと思っています。広島市立大学には広島で平和教育を受けてきた学生も多くいますが、ずっと平和教育を受けてきたからこそ、「自分は知っている」と思ってそこで終わってしまっている人たちも少なくないんじゃないかと思います。私自身は、広島県外出身でもともと「知らない」という意識があるからかもしれませんが、学べば学ぶほど「自分はまだ何も知らない」という感覚が湧いてきます。なので、自分自身が経験していない原爆を完全に理解することは不可能だと思うけど、学び続ける姿勢はずっと大切にしていきたいと思います。例えば、広島では毎週のようにいろいろな勉強会や講演会や追悼集会があるので、そういったものに積極的に参加しています。
若林 原爆に関するものが多いんですか。
佐藤 原爆に関するものもありますし、それ以外にも「従軍慰安婦」問題や今の日本の政治についてのものなど、いろいろです。そういった勉強会などに積極的に参加していたら、そこで出会った方たちのコミュニティに入ることができ、そこからさらにいろんな機会や人につながっていく。その広がりが楽しいです。最初はちょっと気が重いかもしれませんけど、そういった場に参加してみて、自分のフィールドをどんどん広げていく市大生が増えるといいと思っています。
若林 今日はあらためて、佐藤さんの積極的で幅広い活動についてお話を聞いて、佐藤さんが自分で考えて自分のやりたい事を見つけ、そして着実に実践していることに感心しました。広島市立大学には実にいろいろな学生がいますが、佐藤さんは市大生のロールモデルの一人になるのではないでしょうか。今後も活動を広げ、さらに前進していってほしいと思います。楽しみにしています。今日はありがとうございました。
佐藤 私にとっても、今日の対談は、自分のこれまでの活動を振り返るいい機会になりました。ありがとうございました。