広島平和研究所

Bombing Civilians: A Twentieth-century History 

市民空爆―20世紀の歴史

田中利幸、マリリン・B・ヤング/編(ニュープレス社、2009年)

 

 

 この本は、広島平和研究所主催のプロジェクト研究「空爆と市民―20世紀の歴史」の集大成である。(プロジェクトのワークショップは、2006年3月3~4日、2006年12月8~9日米国サンフランシスコで開かれた。)

 

 ガザ市に本部を置くNGO、パレスチナ人権センターの発表によれば、昨年12月から今年1月にかけて22日間にわたってイスラエルが行ったガザ攻撃では、パレスチナ人に1,417名の死者と5,300名の負傷者が出た。これらの死傷者の大半が、イスラエル軍による無差別空爆による市民の犠牲者である。例えば、アンワー・バルーシャと彼の妻は、ガザ地区の最も貧困でかつ最も攻撃を受けやすい難民区の住人であるが、12月30日にイスラエル軍による空爆を受けて自宅が崩壊した。この空爆でバルーシャ夫婦は、自宅の一室でマットを敷き詰めて寝ていた4歳から17歳の5人の娘を一度に亡くした。イギリスの大手新聞、ガーディアン紙の記者とのインタビューで、アンワー・バルーシャは次のように述べている。「私たちは市民です。私はどの政治派閥にも属していませんし、ファタでもハマスの支持者でもありません。私は一パレスチナ人にすぎません。彼ら(イスラエル人)は、市民も兵隊も見境なく、私たち全員を懲らしめています。一市民としての私にどんな罪があるというのでしょうか?」負傷を免れたパレスチナ人、とりわけ年少の子供たちの間には、長期にわたって続いた空爆のために、深刻な精神的障害に悩まされている人たちが大勢いる。

 

 軍人たちは軍事目標への「精密爆撃」であるという主張を変えようとはしない。にもかかわらず、一挙に数万人という数の市民を殺害し、その後も放射能がさまざまな致命的な病気を発病させた広島・長崎への原爆投下から60年以上を経た今日でも、いまだなお、空爆の犠牲者は、その多くが普通の市民、とりわけ女性女性や子供、老人である。

 

 近刊、『Bombing Civilians: A Twentieth-Century History』の目的は、したがって、なぜゆえに20世紀の初期に空爆の目標が軍事目標から市民へ移ったのか、大量虐殺を正当化する「戦略爆撃」理論はいかにして生み出されたのか、しかもこの理論が、広島・長崎原爆投下を挟んで、その前後、数十年の長期にわたって堅固な軍事戦略として、なぜ実践されてきたのか、などを問うことに置かれている。本著推薦文の中で、ロバート・リフトン教授が簡潔に述べているように、「これまでに発明された最も過酷な兵器(すなわち原爆)使用を頂点とする市民爆撃は、20世紀の歴史における最大の恥辱の一つである」。残念ながら、21世紀の最初の十年間にとってもまた、空爆が最悪の恥辱の一つであるという状況に変わりがないことは確実であろう。

 

 この共編著は、2005年から2年間にわたって行われた広島平和研究所主催のプロジェクト研究の成果をまとめたもので、アメリカ、オーストラリア、日本の研究者、計11名が寄稿した10章(そのうち1章は共著)から構成されている。1920年代における英軍によるイラク空爆から、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争を経て、最近のコソボ、アフガニスタン、イラク、レバノンにおける空爆までの長い歴史が、本著ではカバーされている。またさらに、無差別爆撃による市民大量虐殺をめぐる倫理や国際法の問題に関する議論も含んでいる。

 

 第1章では、二つの世界大戦の戦間期に、英国が、その帝国支配目的でイラクで行った空軍の活用を、以下に廉価で「人間的」であるかと見なしていたかが検証され、さらにはこのイラクでの経験が、第二次世界大戦における連合国と枢軸国の両方による大規模な無差別爆撃の先駆けであったことが示唆されている。

 

 第2章では、ナチス空軍ルフトヴァッフェによる空爆でどのように第二次世界大戦の戦略爆撃が始まり、どのように報復爆撃が敵対国間でエスカレートしていき、その結果、いかにしてそれがドイツ諸都市の完全破壊につながっていったかが説明されている。

 

 第3章は、連合国による空爆が、ドイツの歴史観、記憶、記念行事にいかに組み込まれているのかを、最近のドイツ国内における関連出版と論争の批評を通して分析している。

 

 第4章は、米軍の焼夷弾ならびに広島・長崎原爆投下が日本諸都市にもたらした破壊を分析し、それらを、第二次世界大戦中にヨーロッパならびにアジア太平洋地域で、連合国と枢軸国の両方が行った無差別爆撃という広範な歴史的概念の中に位置づけるという理論的作業を試みている。さらに、「その後の米国の戦争では、その中心は常に市民の大量虐殺であった」と結論づけている。

 

 第2~4章を通じ、第二次世界大戦期の地域爆撃の分析によって、空爆が戦争終結を早め、勝利を獲得するための近道であるという考えが、それを裏書きするような証拠が何もないにもかかわらず、とりわけ英国と米国において根強かったことが明らかにされている。

 

 第5章では、ロシア、米国、日本における関連資料を駆使しながら、太平洋戦争で日本を降伏に追いやったのは、原爆ではなく、ロシア軍の満州進攻であったことが明らかにされている。さらには、他の選択方法があったにもかかわらず、なぜゆえに米国政府責任者たちが原爆使用という道を性急に採ったのかという問題についても、検討が加えられている。

 

 第6章では、日本軍による中国諸都市、とりわけ重慶への空爆が分析されており、重慶爆撃に関する日本の責任問題が、現在もなお日中間の国交関係に大きな影を落としていることが解説されている。

 

 第7章では、朝鮮・ベトナム・湾岸戦争、さらには最近のアフガン・イラク戦争においても、根本的には、米軍が敵国の戦意崩壊を目的に空爆を正当化したことが、政治家や軍人の言葉の分析を通じて明らかにされている。

 

 第8章では、アメリカにおける映画や大衆小説と空爆観の関連性が分析されている。

 

 第9章では、正戦思想、テロリズム、付随的損害といった問題と無差別爆撃の関連性が倫理観の問題から議論され、最終章では人道的国際法の観点から無差別爆撃が批判的に分析されている。

 

 ハワード・ジン教授が本著推薦文で書いているように、本著の読者は、「空爆による無差別で計画的な市民虐殺」が、「近代における最大のおぞましい行為の一つ」であることを明確に理解されるであろう。


[目次] 

Introduction  (Yuki Tanaka)
1 British “Humane Bombing” in Iraq during the Interwar Era (Yuki Tanaka)
2 The Bombing Campaigns in World War II: The European Theater (Ronald Schaffer)
3 The Bombing War in Germany, 2005-1940: Back to the Future? (Robert G. Moeller)
4 A Forgotten Holocaust: U.S. Bombing Strategy, the Destruction of Japanese Cities, and the American Way of War from the Pacific War to Iraq (Mark Selden)
5 Were the Atomic Bombings of Hiroshima and Nagasaki Justified? (Tsuyoshi Hasegawa)
6 Strategic Bombing of Chongqing by Imperial Japanese Army and Naval Forces (Tetsuo Maeda)
7 Bombing Civilians from the Twentieth to the Twenty-first Centuries (Marilyn B. Young)
8 The United States and Strategic Bombing: From Prophecy to Memory (Michael Sherry)
9 Bombing and the Morality of War (C. A. J. Coady)
10 Arial Bombardment of Civilians: The Current International Legal Framework (Timothy L. H. McCormack and Helen Durham)

 

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