広島平和研究所

連続市民講座(2015年度前期)

第二次世界大戦――日本を中心に

 

 広島平和研究所では、2015年6月12日から7月10日まで広島市まちづくり市民交流プラザにおいて、下記のとおり2015年度前期の連続市民講座を開催しました。

    


■講座名:第二次世界大戦――日本を中心に

【概要】

 広島・長崎への原爆投下と第二次世界大戦終結から70周年を迎える2015年、世界の各地でこの戦争について多くの報道がなされることでしょう。今日、第二次世界大戦はファシズム・反ファシズム、民主主義、帝国主義、植民地と民族解放、人種主義、ジェノサイド、科学技術の発展とその利用、原爆投下など、さまざまな観点から議論されています。さらに、賠償・補償や歴史認識といった問題は現在も政治的影響力を有し、憲法や安全保障をめぐって先の大戦と戦後の体制の見直しを迫り、従来の日本のあり方を変えるような議論さえ出てきています。第二次世界大戦は70年前の歴史的事件ではなく現在的な問いとして、私たちの政治や社会と密接な関わりを持っているのです。

 そもそもこの戦争はどういうものだったのでしょうか。私たちはこの戦争をどう受け止め、何を学ぶことができるのでしょうか。今回の連続市民講座では、日本を中心にこの戦争を取り上げ、第二次世界大戦をもたらした国際政治の仕組みと大戦の全体像を明らかにするほか、日独伊三国同盟に向かった軍事体制と戦後民主主義、憲法、戦犯問題、戦後処理と賠償、原爆開発といった戦争の諸側面から、現在に至るまでの第二次世界大戦をめぐる議論を振り返ります。

 

■日時:6月12日、19日、26日、7月3日、10日(金曜日)全5回
18:30~20:30 (講義90分、質疑応答30分)

 

■会場:広島市まちづくり市民交流プラザ 北棟6階 マルチメディアスタジオ
(広島市中区袋町6番36号 電話082-545-3911

 

■講義内容等
(1) 6/12(金)吉川 元「第二次世界大戦とは何だったのか」
一般市民を巻き込む総力戦であり、5千万人以上の犠牲者を伴う第二次世界大戦はなぜ勃発したのか。なぜ先の大戦の教訓は活かされなかったのか。なぜアメリカはABCD包囲網を築かねばならなかったのか。本講義では、帝国主義時代のパワー(国力、軍事力)、人種主義、勢力拡張主義、文明基準など、20世紀前半を支配したイデオロギー及び国際政治の仕組みから、第二次世界大戦の発生原因と戦争の正当化の論理を探ります。

 

(2) 6/19(金)石田 憲「日独伊枢軸と敗戦そして新憲法」
日独伊三国同盟へと向かう枢軸の流れは、戦後の新しい憲法が目指した根本理念に決定的な影響を与えています。それぞれの戦前における抑圧体制が、内外の人々を苦しめたことについて、敗戦と前体制の崩壊に伴い、どのような対応を取るかが、問われたからです。結果的に、こうした過去を克服するために、新しい憲法は、それぞれの国の戦後民主主義を支える役割を果たしました。本報告では、こうした戦前から戦後への経緯を歴史的に検証します。

 

(3) 6/26(金)永井 均「他者の戦争経験へのまなざし――フィリピンの日本人戦犯問題をめぐって」
1953年7月、フィリピンから100名余りの日本人戦犯が帰国しました。その半数が死刑囚で、広島出身者も含まれていました。彼らは日比両国に国交がなく、現地の対日感情がいまだ厳しい中で、フィリピン大統領の恩赦という特例措置によって帰国を許されたのです。当時、日本の国民は大きな喜びをもって彼らを迎え、新聞各紙も第一面でこの報を伝えましたが、今ではこの史実を知る人は少なくなっています。本講義では、第二次大戦後に独立したフィリピンが取り組んだ対日戦犯裁判の背景と諸相を探り、その歴史的な意味を考えます。

 

(4) 7/3(金)内海 愛子「サンフランシスコ平和条約――冷戦の中の講和と賠償」
アメリカの「初期対日方針」(1945.9.22)には日本から厳しい賠償を取立てると明記され、それは「制裁、復讐、懲罰の色合いの濃い、戦争中の反日感情を反映した」ものでした(外務省)。冷戦の激化のなかでこの方針はかわり、「対日平和7原則」はすべての交戦国に賠償請求権の放棄を求めました。フィリピンなど、アジアの国ぐにと元捕虜が反対し、生産物と「役務」のいわゆる経済協力方式となり、被害者への個人賠償の問題が残ることとなったサンフランシスコ平和条約の賠償条項について振り返ります。

 

(5) 7/10(金)山崎 正勝「日本における戦時核開発と原爆投下の衝撃」
日本は被爆国であると同時に、英米仏、独、ソ連についで、第二次世界大戦中に核兵器開発を行った国の一つでした。この20年ほどの間に、当時の資料の(再)発見と分析が進み、日本の戦時核開発の様子が明らかになりました。理研の仁科芳雄のグループ(陸軍ニ号研究)や京都帝大の荒勝文策のグループ(海軍F研究)には、戦後に原子力に関わった武谷三男、湯川秀樹、坂田昌一らが加わっていました。彼らは、なぜ、計画に参加したのか、また原爆の登場は彼らにどのような衝撃を与え、その経験は戦後にどのように生かされたのかを考えます。

 

■講師紹介

吉川 元 キッカワ・ゲン / 広島市立大学広島平和研究所長・教授                                
  1951年、広島市生まれ。一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、博士(法学)。広島修道大学法学部教授、ロンドン大学LSE国際関係研究センター研究員、神戸大学大学院法学研究科教授、上智大学教授を経て、2013年より現職。単著に『民族自決の果てに――マイノリティをめぐる国際安全保障』(有信堂高文社、2009年)、『国際安全保障論――戦争と平和、そして人間の安全保障の軌跡』(有斐閣、2007年)、共編著に『グローバル・ガヴァナンス論』(法律文化社、2014年)などがある。


石田 憲 イシダ・ケン / 千葉大学教授

 1959年、東京都生まれ。1992年東京大学博士(法学)。大阪市立大学法学部助教授を経て2000年より現職。主要関連業績:『敗戦から憲法へ――日独伊 憲法制定の比較政治史』(岩波書店、2009年)、『ファシストの戦争――世界史的文脈で読むエチオピア戦争』(千倉書房、2011年)、『日独伊三国同盟の起源――イタリア・日本から見た枢軸外交』(講談社選書メチエ、2013年)、「憲法を作った人々――高野岩三郎を中心として」(『千葉大学法学論集』第29巻、第1・2号、2014年)。


永井 均 ナガイ・ヒトシ / 広島市立大学広島平和研究所准教授                             
  1965年、米国カリフォルニア州生まれ。立教大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学。博士(文学)。専攻は日本近現代史。関東学院大学、女子栄養大学、共立女子大学などの非常勤講師を経て、2002年、広島平和研究所に着任。2010年より現職。単著に『フィリピンと対日戦犯裁判』(岩波書店、2010年)、『フィリピンBC級戦犯裁判』(講談社選書メチエ、2013年)、共著に『日記に読む近代日本』第5巻(吉川弘文館、2012年)、『平和を考えるための100冊+α』(法律文化社、2014年)、編書に『遠山郁三日誌』(山川出版社、2013年)などがある。


内海 愛子 ウツミ・アイコ / 大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター所長・特任教授                       1941年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。日本朝鮮研究所、パジャジャラン大学、恵泉女学園大学、早稲田大学大学院での勤務を経て、2012年より現職。主な著書に『朝鮮人BC級戦犯の記録』(勁草書房、1982年)、『スガモプリズン――戦犯たちの平和運動』(吉川弘文館、2004年)、『日本軍の捕虜政策』(青木書店、2005年)、『キムはなぜ裁かれたのか――朝鮮人BC級戦犯の軌跡』(朝日新聞出版、2008年)、『戦後責任』(共著、岩波書店、2014年)などがある。


山崎 正勝 ヤマザキ・マサカツ / 東京工業大学名誉教授

 1944年、静岡県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科物理学専攻博士課程を修了、理学博士。専門は科学史・科学論。三重大学教育学部助教授、東京工業大学教授を経て、2010年より現職。共編著に『原爆はこうして開発された』(青木書店、1990年、増補1997年)、『福島事故に至る原子力開発史』(中央大学出版部、2015年)など。2012年に『日本の核開発:1939~1955――原爆から原子力へ』(績文堂出版、2011年)で科学ジャーナリスト賞を受賞。

(敬称略)